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随想「東京下町物語」
- 下町育ち・大正生まれ房ちゃん -

fusatyan 20歳頃の房ちゃん

ぼちぼち思い出して昔のこと

226事件
オリンピックのレストランに勤めていたときです。
何人かの偉い人が殺されたというニュースを聞き、様子を見に行こうということになり、確か同じ職場の女性3人で、当時円タクと読んでいましたがタクシーで、皇居から警視庁等をぐるぐる回った記憶があります。
皇居や警視庁の建物の前には、たくさんの機関銃が並べられ、物々しい警戒の様子でした。
今思えば若気の至りで、よくそんな危ないことを好奇心の趣くままに行ったんだろうと自分のことながらびっくりしています。

地震について
岩手で大きな地震がありました。
関東大震災のことを思い出します。
私は8才で、2階建ての家の1階で一人で昼寝をしておりました。
地震はお昼頃に起り、びっくりして飛び起きました。
2階に下宿していた大学生のお兄さんが降りてきて、一緒に外に出て,家のあった小田原町から日比谷公園まで歩いて逃げました。
途中、あちらこちらで家が火事になっているのをみました。
日比谷公園では、逃げてきた人がたくさん集まっていました。
落ちている木等で、掘っ建て小屋を建て、いくところもないのでしばらく公園にいたと思います。
大学生のお兄さんが,小田原町の家のあったところへ戻ったときには、家は焼けていたそうです。
家の焼けた後に、家族や知人に日比谷公園にいることを知らせる立て看板を建てたおかげで親はすぐに見つかりました。
食べるものがないので、みんなで公園の池のコイを捕まえて食べたことを思い出します。

出身校の明石小学校が取り壊されて残念です
復興小学校(関東大震災の後地震が来ても壊れない、いざという時避難所にもなるように頑丈な建物として小学校が建てられた)として建てられた、歴史的にもデザイン的にも貴重な建物をなるべく残してもらいたいです。
何でも古くなると壊して建て替えるのでは、知恵がありませんね。